人の話を聴けなかった僕が、聴く人になった理由
後藤 光輝(ごとう みつてる)。みんなからは「ごとん」と呼ばれています。

「あなただけが、
私の話を聞いてくれなかった」
離婚届を出した帰り際に受け取った、この一言が、いまの僕の原点です。
ここから始まった物語を、少しだけ聞いてください。
大きな会社にいたのに、父子家庭になっちゃいました、、、
ニトリという家具の会社で、27年働きました。外から見れば、順風満帆に見えたと思います。けれど家に帰れば、僕は3人の子どもを抱えた、父子家庭の父親でした。
離婚を長いあいだ受け入れられなかったのは、いま思えば、僕の見栄でした。大きな会社の第一線。PTA会長も8年。「ちゃんとした家庭のお父さん」を、手放せなかったんです。
男の 見栄・エゴ・プライド ってやつです。
離婚届を出した帰り際、元妻が最後に言った一言を、いまも忘れられません。
「あなただけが、私の話を聞いてくれなかった」
この言葉が、いまの僕の原点です。
「世界一幸せな父子家庭だね」
父子家庭になった初日、娘に言われました。「好きで残ったわけじゃない」。ぐさっと刺さりました。正しいことを言っても、子どもたちは動かない。だから僕は、教えるのをやめて、聞くことにしました。息子の不登校にも、同じように向き合ってきました。
いいことも悪いことも、ぜんぶテーブルの上に乗せて話す。それを1年半つづけたある日、娘がぽつりと言ったんです。「うち、世界一幸せな父子家庭だね」って。
人は、正しさでは動かない。安心から動き出す。それを僕は、家庭で教わりました。
母の口癖
子どものころ、母には口癖がありました。「私に手に職があったらね……」。会社でも、毎日のようにたくさんの女性の相談を聞きました。面談はのべ1万回を超えます。
そこで気づいたのは、みんな、力が足りないんじゃない。ただ、ちゃんと聞かれてこなかっただけ、ということでした。
AIに出会って、肩の力が抜けた
50歳を過ぎてAIに出会ったとき、ずっと言葉にできなかった想いが、するすると形になっていきました。「ひとりで頑張らなくていいんだ」と、初めて思えた瞬間でした。
AIは、跳び箱の踏切板みたいなものです。自分の力だけでは届かなかった高さを、ひょいっと越えさせてくれる。難しい勉強は要りません。必要なのは、あなたの中にすでにある「誰かの役に立ちたい」という気持ちだけです。
だから、この発信室があります
もう、足さなくていい。新しい資格も、高い講座も、頑張り方の上乗せも。あなたにはもう、あります。
僕は、上から教える先生ではなく、隣で一緒に歩く伴走者でいたい。ここは、そのための小さな発信室です。
後藤 光輝(ごとん)
- 元ニトリ27年(年間150〜200億円を動かすバイヤー・通販事業部マネジャー)
- 低迷店舗を「お客様から愛される店」へ — 社長賞・最優秀賞
- 父子家庭・不登校生の親
- PTA会長8年
- 胎内記憶教育協会コミュニティマネージャー
数字を動かす前に、空気を変える。